AIを一言でいうと、たくさんの例を見て、その中にある規則を自分で見つけ出す道具です。
ふつうのプログラムは、人間が「こうなったら、こうする」という手順を全部書きます。電卓も、レジも、銀行のシステムも、そうやって動いています。書いていないことは、絶対に起こりません。
AIは、そこが違います。たとえば猫の写真を何万枚も見せると、「猫らしさとは何か」をAI自身が掴んでいきます。人間が「耳が三角で、ヒゲがあって……」と条件を並べてやる必要はありません。例を大量に与えるだけで、規則のほうが浮かび上がってくる。この方式を機械学習と呼びます。いま「AI」と呼ばれているものは、ほぼすべてこの機械学習でできています。
人間が手順を書くのではなく、大量の例からコンピュータ自身に規則を見つけさせるやり方。「AI=機械学習」と考えて、日常の会話ではほぼ差し支えありません。
AIには、性質のまったく違う二つの時間があります。ここを分けて考えられると、話がとても分かりやすくなります。
ひとつめは学習。大量の例を読み込んで、規則を体に入れる時間です。膨大な計算が必要で、大きなAIでは何週間もかかります。費用も、家が一軒建つような規模になります。
ふたつめは推論。学習を終えたAIに質問を投げて、答えを出させる時間です。私たちがふだん「AIを使う」と言っているのは、こちらだけです。一回あたり数秒、費用も数円以下で済みます。
大切なのは、使っている間、AIは新しいことを覚えていないという点です。会話の途中で教えたことは、その会話の中では効きますが、画面を閉じれば消えます。「昨日教えたのに、また同じことを聞いてくる」のは、忘れっぽいからではなく、そもそも覚える仕組みが動いていないからです。では、どうやって会社の情報を渡すのか。それが第3章のテーマになります。
機械学習という考え方そのものは、何十年も前からありました。ここ数年で変わったのは、次の三つです。
データが増えました。インターネット上に、学習に使える文章や画像が山のように積み上がりました。例から学ぶ道具にとって、例が増えることは、そのまま実力に直結します。
計算する力が増えました。画像処理用の半導体(GPU)を大量に並べることで、以前なら何年もかかった学習が数週間で終わるようになりました。
仕組みが良くなりました。2017年に発表された「Transformer」という設計によって、長い文章の中で離れた言葉どうしの関係を、うまく捉えられるようになりました。いまの生成AIは、ほぼすべてこの設計の子孫です。
得意なのは、例がたくさんある仕事です。要約、翻訳、下書き、分類、異常の検知。人間が「理屈では説明しにくいが、見れば分かる」と言うような仕事ほど、AIは力を発揮します。ルールを書ききれないからこそ、例から学ばせる意味があるわけです。
苦手なのは、その裏返しです。前例のないこと。数がきわめて少ない特殊な事例。そして一度も間違えてはいけない仕事。AIは平均的にはとても上手ですが、ときどき堂々と外します。「百回に一回の間違いが致命傷になる場所」には、そのまま置いてはいけません。
だから設計のとき私たちは、AIの精度を上げることよりも先に、間違えたときに何が起きるかを考えます。取り返しのつく場所にはAIを厚く置き、取り返しのつかない場所には人間の確認を必ず挟む。この置き場所の設計が、実務ではいちばん効きます。
もうひとつ、最初に知っておくと安心なことがあります。AIは、人間のように意味を理解しているわけではありません。膨大な例から統計的な関係を掴んでいるだけです。
「分かっているように見えるのに、分かっていない」。この気味の悪さが、AIの怖さでもあり、扱いやすさでもあります。相手は理解者ではなく、桁違いに強力な道具である──そう思っておくと、過信もしないし、必要以上に怖がることもありません。
そしてこの性質は、次の章の「もっともらしい嘘」に、まっすぐ繋がっていきます。
次の章では、いちばん身近な生成AI──ChatGPT や Gemini のような、文章を書くAIの中身を見ていきます。
A-01-1 学ぶ時間と、使う時間 ── AIが賢くなるのはいつか。送った資料は学習されるのか。
A-01-2 正解を教える学習と、教えない学習 ── うちのデータで何ができるかは、ここで決まります。
A-01-3 相関と因果 ── AIがいちばん取り違えるもの。打ち手を決める前に。
この連載で説明する仕組みは、YOHAKU OS で実際に動いています。エージェントの数や自動化の本数などの実測値は「AIの中身」のページにまとめています。