十年分の見積書が残っている会社は、たしかに強い資産をお持ちです。ただ、その資産が活きるかどうかは、その見積を最後にどうしたかが一緒に残っているかで変わります。受注したのか、断られたのか、値引きしたのか。
この「結末」が付いていれば、AIは過去の判断を真似られます。付いていなければ、似たもの同士に分けることまでしかできません。学習の型が違うからです。
例と、その例に対する正しい答えを組にして読ませる型を、教師あり学習と呼びます。過去の見積とその結末、過去の問い合わせとその担当部署、過去の写真とその不具合の種類。組になっていることが条件です。
この型は、当てる相手がはっきりしているぶん、精度も測れます。第6章 評価で書いた「正解が決まっている仕事」がここに当たります。
教師あり学習 ── 例と正解の組から学ぶ。過去の判断を真似る。分類・予測。
教師なし学習 ── 正解なしで、似たもの同士に分ける。傾向を見つける。
強化学習 ── やってみて、良い結果に近づける。手数の多い場面向き。
それぞれの定義は Google の機械学習用語集が簡潔です。Google Developers「機械学習 用語集」↗
正解が残っていないデータでも、できることはあります。似たものを寄せ集めて、いくつかの塊に分ける型です。問い合わせ文の山を性質ごとに分け、多い順に並べる。これだけでも、どこに人手が吸われているかは見えます。
ただし、分かれた塊に名前を付けるのは人間の仕事です。AIは「この二百件は互いに似ています」とまでしか言いません。意味を与えるところに、必ず人が入ります。
三つめは、試して、結果の良し悪しを受け取り、次を変える型です。手数が多く、勝ち負けがはっきりしている場面では強い方法です。
ただ、会社の業務では試す回数を稼げません。見積を一万通り出して顧客の反応を見る、といった実験はできないからです。当社が使うのは、失敗しても元に戻せる範囲に限っています。第7章 人が決めることで書いた線引きと同じ考え方です。
「何万件も要るのでしょう」と身構えられることが多いのですが、目的によって桁が違います。目安として、当社の感覚をそのまま書きます。
数十件 ── 傾向を見るところまで。判断には使いません。
百件から数百件 ── 過去の判断を真似る仕組みが試せます。多くの業務はここで足ります。
数千件以上 ── 細かい区分まで当てにいけます。ただし、ここまで揃う業務は限られます。
件数より効くのは、偏っていないかです。受注した案件しか記録が残っていないと、断られた理由を学べません。うまくいかなかった記録のほうが、判断には効きます。
当社が自社で徹底しているのもここです。失敗の記録を捨てずに残し、教訓の候補として拾い上げる仕組みを常時動かしています。成功例だけを集めた資料からは、避け方が学べません。
難しく考える必要はありません。次の一問で、だいたい分かれます。
「その記録には、最後にどうなったかが書いてありますか」
書いてある → 教師ありに使えます。過去の判断を真似る仕組みが作れます。
書いていない → まず分類と検索から。あわせて、これから結末を残す形に変えます。
後者の場合でも、悲観する話ではありません。答える前に社内の資料を読ませるRAGは、正解が付いていない資料でも効きます。当社が自社で使っている記憶も、ほとんどが正解の付いていない記録です。
そして、今日から結末を残しはじめれば、一年後には教師ありに使えるデータになります。いま持っているものより、これから何を残すかのほうが効きます。
次の記事は、この章でいちばん実務に響く話です。AIが見つけた「関係がありそう」を、そのまま打ち手にしてよいのか。
章と記事の全体は図書館の見取り図で一枚にまとめています。